札幌地方裁判所 昭和35年(む)60号 判決 1960年11月17日
被疑者 門屋盛郎
決 定
(被疑者氏名略)
右被疑者に対する札幌市集会集団及び集団示威運動に関する条例違反被疑事件につき昭和三五年一一月一六日札幌地方裁判所裁判官がなした勾留請求却下の裁判に対し検察官から準抗告の申立があつたので当裁判所はつぎのとおり決定する。
主文
本件準抗告の申立を棄却する。
理由
本件準抗告の申立の趣旨および理由は別紙勾留請求却下の決定に対する準抗告申立書記載のとおりであるからここに引用する。
被疑者に対する札幌市集会集団行進及び集団示威運動に関する条例違反被疑事件につき、検察官橋詰利男より刑事訴訟法第六〇条第一項第二、三号に該当する事由があるとして札幌地方裁判所裁判官に勾留請求がなされたところ、同裁判所裁判官荒木恒平は右法条に該当する勾留の理由がないとして本件勾留請求を却下したことは記録上明白である。ところで一件記録を検討すると(一)被疑者が罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があることは明白である。(二)被疑者が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由につき、本件事案は学生の無届集団行進に関するものであつて衆人環視の中に行われた犯罪であり警察官等多数の目撃者があつて、写真供述調書等の証拠資料も整い一応の捜査が完了しており、被疑者が学生の指導的立場にある者という地位を考慮しても、被疑者を釈放することにより関係学生と通謀しあるいはこれに圧迫を加えて積極消極の罪証を隠滅する行為に出る虞があるとは認め難いばかりか、参考人が主として警察官であるから今後の捜査の進展に多大の支障を来す虞はなく、その他罪証を隠滅すると疑うに足る相当な理由があるとは認められない。(三)被疑者が逃亡し又は逃亡すると疑うに足りる相当な理由につき、記録によれば、被疑者は過去において捜査機関の再三の呼出しに応じていない事実はこれを認めることはできる。然しながら勾留裁判官の人定質問に対しては自己の氏名年令住居をのべ、今後の取調については間違いなく出頭することを確約したこと、更に弁護人提出の上申書北海道学芸大学教授提出の身許引受書、更に又学生という身分に照らして考察するとき、被疑者が逃亡し又は逃亡すると疑うに足る相当な理由があるとは、到底認められない。したがつて前記勾留請求を刑事訴訟第六〇条第一項第二、三号に該当する事由がないとして却下した原裁判は相当であり、本件準抗告の申立は理由がないから同法第四三二条第四二六条第一項によりこれを棄却することとし主文のとおり決定する。
(裁判官 鈴木進 神崎敬直 武藤春光)
勾留請求却下の決定に対する準抗告申立竝びに同決定の執行停止申立書
被疑者 門屋盛郎
右の者に対する札幌市集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例違反被疑事件について本日貴裁判所裁判官荒木恒平がなした勾留請求却下の決定に対し次の事由により準抗告を申し立て、併わせて右決定の執行の停止を求める。
昭和三五年一一月一六日
札幌地方検察庁
検察官検事 橋詰利男
札幌地方裁判所 御中
第一、申立の趣旨
一、被疑者には刑事訴訟法第六〇条第一項第二号第三号に該当する理由が存することが顕著であるのに、この理由なしとして勾留却下の決定をしたことは、この点に関する判断を誤つているもので不当であるから、右勾留請求却下決定の取消を求める。
二、右の勾留請求却下の決定により直ちに被疑者を釈放するときは本件の準抗告が認容されても罪証隠滅の結果の発生阻止や再び身柄を勾留することは事実上至難となるので本件準抗告の裁判確定に至るまで右勾留却下決定の執行の停止を求める。
第二、申立の理由
一、被疑者が罪を犯したと疑うに足りる相当な理由があることは一件記録により明白である。
而して、本件被疑事実の要旨は別紙記載の事実のとおりである。
二、被疑者には罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由及び逃亡すると疑うに足りる相当な理由がある。
本件の疎明資料に基いて考察すると
1 本件無届集団行進の遂行は道学連書記局で予め決定された模様であることが窺知され、且つその行進実施中若しくはその行進の前後における被疑者の言動と約一、二一〇名の参加人員や道学連の組織統制の堅さとを併わせ考えると本件は被疑者の如き積極的指導的人物が予め計画的、組織的統制をとつて行なわれたものと推認される。従つて右事前の計画及びその内容、右行進に至る経緯事実、殊に参加者の動員状況、同行進の企画遂行に当つた関係者の関与状況、主催者、指導者、せん動者等の指揮系統等を明らかにする必要があり、本件につき学生二名を既に検挙取調べたが、右事実関係については未だ不明であるので、これらを糺明し、本件共謀関係の範囲、実態を明らかにしない限り被疑者の責任の限度範囲等本件事犯の解明ができないところであり、またその証拠は主として人証に頼らざるを得ないところである。
かくの如く本件事案の性格、態様、共謀の存否、その内容等についてはなお、相当の捜査をなすべき必要がある。
2 他面札幌中央警察署側では既に本年八月二九日被疑者の在学する大学当局に対し本件につき任意出頭に応ずるよう被疑者を説得することを依頼すると共に同年九月二日、同月一二日の二回被疑者に対し任意出頭を求めたが、これに応じないばかりでなく道学連では書記局会議を開らき「公安条例は違憲であるから出頭に応じない」との基本態度を決定し、剰え同月二日、三日、五日、七日、九日の五回にわたり道学連代表学生六名乃至約五〇名が抗議と称して右警察署に押しかけ、任意出頭要求の撤回を強要し、更に大学側の長期間にわたる前記説得も効を奏さなかつたため、警察側において被疑者等に対する逮捕状を請求したことに対して同月三〇日書記局会議を開き被疑者を含めて逮捕状の請求されている学生を学内に籠城させることも決定し、一〇月四日、一三日、一五日、二〇日等と多数の学生を動員して令状の撤回と公安条例撤廃と不当弾圧反対を叫んで同警察署に押しかけ、裁判所の適法な令状による逮捕行為に対してすら組織、多衆の中に庇護されて挑戦的態度を公然と表明しており、また本件関係学生に対する取調べも相手方の拒否により長期間不能の状態であり、更に被疑者も逮捕後被疑事実について黙秘しているのが現在の捜査状況であり、被疑者の供述状況である。
以上1、2と被疑者の道学連における地位、その傘下学生に対して有する統制力、指導力、法秩序に挑戦している態度、学内等に逃げ隠れていた等の事情を併わせ考えると被疑者を現状において釈放するときは今後における被疑者の出頭確保の保障は全くなく、逃亡すると疑うに足りる相当な理由があると共に共謀者との通謀、参考人等に対する圧迫等により容易に罪証を隠滅する虞れが極めて大であり被疑者を前記被疑事実により勾留すべき必要性は十分であつて、これらは被疑者が学生であり、単にその氏名、年令等を明らかにしていることによつて左右されるものでない。
而して検察官には刑事訴訟法第一九七条、第一九八条にて犯罪の捜査をする必要があるときは被疑者を取り調べることができる旨規定しており、本件の如き逮捕状執行までの経緯事実に徴すれば単なる一片の保証書のみでは到底その確実性を期し難く他に被疑者の出頭確保の保障が全くなく明らかに任意捜査の限界を超えた事案において勾留請求を却下した原決定は右検察官の正当なる被疑者に対する取調べを不当に制限したものといわなければならない。
三、よつて被疑者が本件札幌二公安条例を犯したと疑うに足りることは明らかであり、罪証隠滅すると疑うに足りる理由のあることは明白であるから原決定を取消し、被疑者について勾留状の発布を求める次第である。